ポールセザンヌの作品や代表作とは?りんごやキュビズムと名言も?

近代絵画の父とよばれるポール・セザンヌ

作品や代表作のりんごの絵や名言
キュビズムに影響を与えた理由など
わかりやすく解説します。

ピカソやマティスにも影響を与えた画家です。
セザンヌの作品がある日本の美術館もご紹介してます。

ぜひご覧ください(・∀・)

ポールセザンヌとは?名言をわかりやすく解説!

 

  • 芸術は、我々に自然が永遠であることを味わわせなければならない。
  • 自分の強さを実感している人は、謙虚になる。
  • 眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです。

こんな名言を残している
画家・ポール・セザンヌ。
かなり真面目な印象ですよね。

 

生年月日 1839年1月19日
死没月日 1906年10月22日
国籍 フランス
表現形式 絵画
ムーブメント 後期印象派

セザンヌは
ポール・ゴーギャン
フィンセント・ファン・ゴッホ
とならんで3大後期印象派の一人として
美術史に記録されています。

 

セザンヌのお父さんは銀行家で
将来の生活が保証されていました。

 

生まれたのはフランスの南
エクサンプロバンス

後にパリの美術学校へ進学しますが
エクサンはかなり遠いですね。

 

セザンヌは生涯、パトロンがいませんでした。
父親のおかげで人に媚びて絵を描く必要がなく
自分の画風が追求できたのです。

 

ですが、とても厳格で真面目な父親は
セザンヌを法律学校へ入学させ
自分の跡取りとして教育します。

 

少年時代には後に小説家として成功する
エミーユゾラに出会います。

ゼザンヌはいじめられていたゾラを助け
そのお礼にゾラから籠いっぱいの
りんごを贈られるというあたたかな
エピソードもあります。

 

父の反対を押し切って
絵の道に進むことを後押ししてくれたのも
このゾラのおかげだったり。

 

パリへ進学するも、セザンヌの性格なのか
田舎者あつかいされて、同級生からは
デッサンをバカにされます。

 

結局は地元、エクサンプロバンスに帰ったり
パリへと行ったり来たり。

 

1869年、後に妻となるオルタンス・フィケと交際を始め
ピサロと戸外で制作することで
明るい印象主義の技法を身に着けます。

 

印象派の展覧会には第1回と3回に出品しますが
厳しい批評が多かったのです。

 

セザンヌの実家はすごいお金持ちですが
40歳の時、妻子を隠していたことが父親にばれ
仕送りを半減されてしまいます。

 

仕送りを減らされ、窮地に陥ったセザンヌは
幼馴染で親友の小説家エミール・ゾラから毎月お金を借り
さらに、タンギー爺さんの絵具代を絵で支払っていました。
ゴーギャンやゴッホは、その絵を見てセザンヌに傾倒していきます。


ゴッホのモデルにもなった
画材屋のタンギー爺さん

 

最終的には父親と和解し巨額の遺産を相続します。

 

セザンヌはサロンでの落選を繰り返し
その作品がようやく評価されるようになるのは
晩年の50歳を過ぎてから。

 

没後、1907年に開催されたセザンヌの回顧展は

  • パブロ・ピカソ
  • ジョルジュ・ブラック
  • フェルナン・レジェ
  • アンリ・マティス

などが訪れていて
後の世代に大きな影響を与え
近代絵画の父と呼ばれるようになりました。

 

ポールセザンヌの作品や代表作や年表とは?

 

セザンヌの作品は年表で
以下のように分けられています。

  • 初期の作品(1860年代)
  • 印象主義時代の作品(1872年-78年)
  • 構成主義時代の作品(1879年-87年)
  • 総合時代の作品(1888年-1906年)

 

初期の作品(1860年代)

 

ポール・セザンヌ《四季》
1860-61年頃、
油彩、14×104cm(4点)、
左から春夏秋冬
パリ市立プチ・パレ美術館

画家としてのスタートする時点では
全く画風が違っていますよね。

またこの時期は人物画などは
めっちゃ暗いのです。

 

印象主義時代の作品(1872年-78年)

 

ポール・セザンヌ《首吊りの家》
1873年
キャンバス、油彩
オルセー美術館

第1回印象派展に出品された作品
野外での風景画が多くなり
色彩も明るく変化します。

 

構成主義時代の作品(1879年-87年)

 

パリから地元へ戻り、隠遁生活。
静物画や風景画を手がけ
画面構成の試行錯誤が始まります。

 

ポール・セザンヌ《ミルク缶と林檎》
1979年~1880年
キャンバス、油彩
ニューヨーク近代美術館

 

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》
1883年~87年
キャンバス、油彩
コートールド・ギャラリー(イギリス)

リンゴやサント=ヴィクトワール山は
この時期から登場しますが
まだ単一な視点です。

 

総合時代の作品(1888年-1906年)

 

この時期にセザンヌの代表作が登場します。

ポール・セザンヌ《カード遊びをする人々》
1892年~1895年
キャンバス、油彩
オルセー美術館(パリ)

 

ポール・セザンヌ《りんごとオレンジ》
1899年
キャンバス、油彩
オルセー美術館(パリ)

生涯で制作した200点の静物画のうち
60点以上の作品にりんごを描いたほか
「りんごひとつでパリを驚かせたい」と
セザンヌは口にしていました。

 

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》
1904年
キャンバス、油彩
フィラデルフィア美術館

晩年には傑作が目白押しのセザンヌ
後世にも大きな影響を与えました。

 

ポールセザンヌの初期やキュビズムとの関係は?

 

自然を円筒、球、円錐によって扱う
というセザンヌの考え方や作品は
後のキュビスムにも影響を与えました。

 

例えば

木の幹は円柱
リンゴやオレンジは球体
山は円錐

さらにセザンヌは複数の視点での
美術的表現を探求し
この美術思想がキュビズムに受け継がれます。

 

これってどういうことかというと
見たものを単純な形態にとらえて
平面的な色合いで絵画を構成する実験です。

 

印象派に参加したセザンヌは
光の変化だけを追い求める画風に
納得がいかなかったのです。

 

『ニコラ・プッサンを再構成している』
というセザンヌの主張とは
形態の量感や空間と自然の観察
古典主義+印象派
これを絵画で結びつけたことが
後に大きな影響を与えました。

 

セザンヌはとんでもない時間を費やし
そのブレない強靭な精神と継続で
晩年に傑作を生み出しました。

 

理論(意志)と感覚(感情)の
バランスが絶妙です。

 

ポールセザンヌの作品がある日本の美術館はどこ?

 

セザンヌの作品が鑑賞できる日本の美術館です。

サンタンリ村から見たマルセイユ湾山形美術館(山形県)
林間の空地諸橋近代美術館(福島県)
セント・アントニウスの誘惑 他笠間日動美術館(茨城県)
ジャ・ド・ブッファンの眺め 他国立西洋美術館(東京都)
草刈り人東京藝術大学大学美術館(東京都)
帽子をかぶった自画像 他ブリヂストン美術館(東京都)
りんごとナプキン損保ジャパン東郷青児美術館
(東京都)
ガルダンヌから見た
サント=ヴィクトワール山 他
横浜美術館(神奈川県)
4人の水浴女たち 他ポーラ美術館(神奈川県)
ジャ・ド・ブーファンの大樹静岡県立美術館(静岡県)
ウルビノ壺のある静物 他上原美術館(静岡県)
宴の準備国立国際美術館(大阪府)
水浴和泉市久保惣記念美術館(大阪府)
風景 他大原美術館(岡山県)
座る農夫 他ひろしま美術館(広島県)
水の反映愛媛県美術館(愛媛県)
水浴者北九州市立美術館(福岡県)
風景鹿児島市立美術館(鹿児島県)
髭のある男長島美術館(鹿児島県)

美術館によって常設がない場合もあります。
直接お問い合わせくださ~い。

 

まとめ

 

ポールセザンヌの名言や
作品や代表作でりんごやキュビズムについて
画像などまとめてみました。

セザンヌは一貫して
最後までブレること無く
自分の画風を探求した
近代絵画の父でした。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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