そしてメキシコでネコになる

むかーしむかし、
日本昔話というアニメ番組があったの
知っているかな?

その番組で地元の民話が紹介された。
根子岳という山について。
その回は゛ねこだけ゛ の
猫に関するお話が紹介された。

とても簡単にまとめると
旅人が山で迷子に
宿泊しようと泊まった宿が
化け猫の屋敷で
そこから命がけで逃げ延びるお話。

 

 

 

ネコ なんちゅう恐ろしい生き物なんだー と
幼少期に植え付けられたボクのトラウマ。

あとボクは猫アレルギーを持ってて触ると
顔や目が痒み
触れることができない。
どちらかというと興味なかったし苦手なタイプ。

 

そんなボクがネコにハマった。

 

ただきっかけはネコの死からだった、、、

新幹線の清掃  深夜労働
夕方7時から始り
終わるのは明け方6時。

いつも朝帰り

それが当時のボクの仕事で日常。
早朝 みんなが出勤する渋滞とは逆方向に車を走らせるのだった。

 

 

すると明け方 いつも路上で
ネコが車に跳ねられて転がっている。
今日も明日も明後日も…..

 

出勤する夕方には無くなっている。
市役所に連絡すると職員が車で来て掃除、処理されるらしい。

日常ではみられない世界?

死を見せない社会構造なんだろうか。
矛盾が気になってしょうがない。

 

朝 反対車線には
車内でひげ剃りや歯磨きしながら運転して出勤する会社員の人々
ほぼ毎日の様に誰にも気づかれないで
大量に無くなってくネコが哀れに感じて仕方がなかった。

どうしていいかわからない。
でも立ち止まらない訳にはいかなかった。

 

まずは原因を考えてみた。

 

少子化と高齢化によって
空前のペットブームが訪れ始めていた。
住宅地の問題などで捨て猫が急増。
オス猫のテリトリーの変化と習性。
ペットロス。

 

 

 

他にも色々あるようだ
ボクが調べたのはこの範囲

情報よりネコについてもっと知りたくなった。
ネコを知るには一緒に生活するのが一番だろう。
ただ当時の僕は猫アレルギーだし
自宅では飼うことができない。

どうしよう と考えた末に ネコになってみた

 

 

ニャー

ステネコプロジェクト

只々 捨てられた猫の気持ちが知りたいだけだった。

色々と各地で捨てられてみて
それでわかったこと

 

一番危なかった人って誰だと思う?

 

それは子供達…..

親と一緒にいる子供って
大人しくしてるんだけど
いなくなったとたんに
うひゃひゃヒャー と殴る蹴るの暴行が始まったw
なにかに取り付かれとるんかい?というくらい
ホント 怖かったけど。

たまたまだったのかもしれないけど
子供の凶暴性って人の本性なのかもしれない
優しさや思いやりって
キチンと教育で伝える必要があるよね。
自分よりも弱いものはちゃんと可愛がらないと。
いやキグルミだったからなのかな??

 

 

 

やってくうちにネコ達が亡くなって魂があるとしたら
何処に向かっていくのか?
いや彷徨うのか?
そんなところが気になり始めた。

そういった感じ方もすでに何かの影響かもしれないけど。
まぁネコに宗教はないよね。

死んだ場合、ごく一般的には
飼い主の宗派や環境に影響するだろう。
ただ目の前にはゴミのようにタダ処理されるだけの現状。

ボクはネコの視点から始めることに決めたから
ネコそのものの鎮魂の形を探し始めた。

新しい形を探す必要がある

それがこのプロジェクトの使命・ミッションだった。

 

 

 

 

紙粘土で一心不乱に作ったよ
福井ではお寺の本堂で展示させてもらえた。
ただ翌日 葬儀が入って一日で撤去されてしまったけど。

 

紙粘土だから 軽い。
海外にも持ち運ぶことができた。
手荷物で (笑)
最終的には海外へ運んでタイとメキシコで展示ができた。

 

 

タイでは作品を気にいってくれた
お金持ちのコレクターの家へ招待された。
彼は音楽機材のレンタル業をしながら
タイ人の作品だけを収集していた。
ちょっと別世界な感じだった。

 

メキシコではこの展示がきっかけで住むことができた。

 

まだネコの死に関する形、鎮魂の方法はハッキリとしない。
ただ今までの作品では少し寄り添えた気がしている。

 

 

 

メキシコの死生観は日本と違っていてとても興味深い。
ボクがこの国に住むことを選んだのは
その死生観の違いを研究したかったから。
メキシコでは仕事をしながら大学院にも入学することができた。

 

 

 

いつの日か ネコの聖地 神社
お祈りできるような施設を作りたい。
動物達の命も等しく大切に感じることができような
世界観を構築して伝えるようになりたい。

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